望ちゃんは、上海生まれの上海育ち。お父さんもお母さんも日本語が堪能な親日一家。
望ちゃんが中学1年生のある日、突然お父さんに、「日本に行くよ」と知らされて・・・

外国の学校へ転入するということは今は昔ほど珍しい感じもしませんが、当人にとってはそれまでの友だちとも切り離され、環境がガラリと変わってしまう大事件です。

中二の9月から日本の学校に入り、もう中三の冬です。
学校の冬休みの宿題で、3年間の学校生活の自分史をまとめるという課題が出されました。
日本に来てからの日々をいっしょに振り返りました。
せっかくですので、ここで皆さんにも紹介しますね!

2012年
?月
2年生
(上海で)  
 日本に行くと知らされる
ある日、お父さんが突然私に、日本に行くと告げた。最初はびっくりした。その日の晩、ずっと考えながら寝れなかった。「なんで日本に行くの」私はずっと考えた。友だちと離れたくない。全然行きたくない国に行かされるのが嫌でした。
 日本語の勉強が始まる
日本人の家庭教師に日本語を教えてもらった。日本語を勉強するために、一人だけ早く帰るのが嫌だった。日本語を勉強するのもあんまり気が進まなかった。週三回、一回2時間の勉強を続けた。
 2013年
3月25日
 日本に来る
飛行機に乗ったときとても緊張した。着陸しないでほしい、「ずっと飛んでも構わない」と思った。お父さんと二人、日本での新しい生活が始まった。
日本語で困った。お店に行くとき、できるだけ店員さんとしゃべらない。
一月して、日本語の勉強をするようになった。友だちがずっといなかった。一人で勉強するのがつまらなかった。
 2013年
6月29日・
30日
入試面接・結果発表 
面接でお父さんと別れて、一人で教室行くのがとても緊張した。ある三年生の編入生に話しかけられた。でも彼は中国語で話してくれた。ちょっとびっくりした。
「もしあなたが風になったら、どういう風になりたい、どこに行きたい・・・」というテーマの作文でした。私はこのテーマを見たとき、ちょっと困った。二日目のテストのとき、大丈夫と思ってたら、教室に入ったとき、6人の先生が前に座ってた。びっくりしました。
次の日に結果を発表した。お父さんと一緒に学校に行った。合格しました。看板を見たとき、ドキドキした。番号があってよかった。
 2013年
8月
入院した 
お腹が痛くなって、病院で検査して、膵臓に問題があると言われた。びっくりしたけど、次の病院で検査したら、膵臓と関係なくて腸に問題があると言われた。十日くらい入院して、お腹が全然になおって、そして退院した。
 2013年
9月1日
編入した(2年生2学期)
 
初めてみんなの前で自己紹介するときにミスしました。「私の趣味は書道です」言いたかったのに、「私の趣味は食堂です」と言いました。みんな笑いました。
 2014年
3月14-17日
長崎研修旅行 
自分で伊丹空港に行くのが心配だった。長崎に着陸した後にすぐ高級なレストランに行った。昼食を食べた後で、礼拝堂に行きました。そしてホテルに行きました。
ハウステンボスがいちばん楽しかったです。みんなと一緒に入って、二人でお化け屋敷に入った。とても怖かった。でもおもしろかった。(監禁病棟)
日本語がまだよくわからなくて、冊子に何を書けばいいかよく分からなかった。
 2014年
4月7日
三年生になる 
クラス替えがあった。クラスメートが全部変わってしまった。
 2014年
7月13-14日
体験学習(一泊二日で福井県に行った。ボート体験・渓流釣りをした) 
天気が悪かった。でもボート体験をしました。雨がめっちゃ降ってきたけど楽しかったです。(つづく)